プロローグ
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 季節はずれの蝉の声が遠くに聞こえる教室。

 生徒はおろか教壇に立つ現代社会の林でさえもやる気がない。

 それはそうだ。

 何せ今あいつの授業を受けているのは俺しかいないから。

 各界の著名人とやらが、テレビからぽつりぽつりと消え、気づけば素人がテレビに出ているような状況。

 それに平行して生徒の数も減った。

 生徒は俺で最後。

 教師も林で最後だ。

 汚い世の中で、いち早く気づいた奴らは、自分たちだけ逃げていきやがった。

 それにしても暑い。

 湿気と高温が相成ってワイシャツがカラダに張り付く。

 地球温暖化。

 俺が生まれる前から問題になっていて、それなりに地球温暖化を食い止める様にがんばったらしい。

 でも、その時には既に手遅れで、何をやってもそれを食い止める事ができない。

 それが解っていたからそれなりにしか努力しなかった。

 こうなったのも地球環境よりも経済を優先させた結果らしい。

 その結果の金持っている奴らは海の中に逃げた。

 地球を捨てて宇宙に出ようとした奴らもいたらしいが、見積もった計算よりも地球温暖化が進むのが早く計画は途中で頓挫したんだと。

「あー。もういいや。後の時間好きに過ごして良いぞ」

 林も授業を続ける気が失せたらしい。

「今更、何やっても無理だからおとなしく死ねとか酷い話だよな」

「はっはっは。運が良ければ生きられるさ。俺は最後まで教師でいられたからもういいさ」

 林の奴、満足そうに笑ってくれやがる。

「まだ、俺十七だぜ? 簡単に諦められるかよ」

「だったら、こんなとこにこないで、他の奴らみたいにあがいたらどうだ?」

「ここが、一番安全なんだよ。他はとてもじゃ無いけど近づけない」

「人間死ぬと解っていたらそうなっちまうんだよ」

 全く酷いものだ。学校の外は荒れ放題で法律とかモラルとかそんな物はもう無い。

 いや、法律とかモラルとか、ある奴らをない奴らがくっちまったからいなくなったんだけどな。

 でも、不思議なもので、学校とか病院とか。

 そう言うところは安全だったりする。おおよそ使えそうな物は残っていないけどな。

 心のどこかで、そこだけは壊しては行けないと感じているとかどうとか。まあ、どうでもいい。

「……先生。今日で最後か?」

「ああ、この教室にも浸水してきたからな」

「そっか、じゃあ、さようならだな」

「頑張って生き延びろよ。相沢」

「やるだけやってみるさ」

 言うのは簡単だが、中々難しそうだ。

 振り返らず、林に手を振り、浸水してきた海水を蹴りながら教室の窓枠に繋いでおいた船に乗り込む。

 やれやれ、どうしたものか。

 帰るところも行くところも今日で無くなっちまった。

 繋いだ縄をはずしたときに林の方をチラッと見たが奴は目をつむりじっとその場から動かなかった。

 死ぬまでああしているつもりだろうな。

 俺は、教室の壁を蹴って何処へ行く出もなくその場から離れた。


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2007/10/18(木)