プロローグ
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「では、この内容でお願いします」

「ふむ……。帰宅部?」

 冷房の入った職員室の一角。

 現代文を受け持つ教師、中村は首をかしげる。

 帰宅部とは本来部に所属せず何することなく帰宅する人間を指すのでは無かったか。

 それを部活として申請したいという。

 出された書類を見る限り、部活内容は通学を如何にして楽しむか。

 具体的な内容は、通学の際の発見した美しい風景や情景の撮影や写生。

 その地域の人々との交流やボランティアなど……。

 この時代にそんなことを考える学生がいるとは珍しい。

 10年以上高校教師として努めて来たが、この様なことは初めてだった。

 つい、疑り深くなってしまう。

「君は何故この様な部をこの様な形で作りたいと思ったんだ?」

「俺は長い間帰宅部でした。小中とずっと。でも、友達は皆部活動をして楽しそうにしているのがうらやましかった」

 それできっと同じ思いを持つ奴がいるんじゃないか。

 だったら、帰宅部を部活にすればいい。

 それが、帰宅部を作りたい理由だと言う。

「だが、私には部活にも付かず帰宅する者が、ボランティアなんてするとは思えない」

「ええ。俺もそう思います」

「だったら何故……」

「それは目標です。少しずつ。そう、最初は簡単なことから始めようと考えています」

 中村は考える。

 まあ、少し様子を見る期間を置いて、それで部活を認めてはどうか。

 もし、彼の言う通りの部になれば、学校のイメージアップにも生徒の粛正にもなる。

 そして、中村の株も上がる。

 せいぜい頑張って貰おうじゃないか。

 心の中でいやらしく笑う。

「帰宅部の設立を許可しよう。だが、一ヶ月以内にある程度の成果を出して欲しい。もし、しょうもないような事をする様な部活であれば廃部にする」

「はい。それで構いません」

「解った。それで部室の方はどうする?」

「絵や写真の編集や管理なんかもあるので欲しいです」

「だが、今部室に出来るような部屋は……」

「あ、ある程度目星はつけているのでこちらで交渉するから構いません」

「そうか。決まったら連絡してくれ」

 それだけ言うと、彼は最後に礼を言い、職員室から出て行った。

 面白い生徒だ。

 それが彼に対する中村のイメージだった。

 確か彼は一年の……。



 彼は、職員室を出るとぐっと拳を握り小さく大きな喜びを表す。

 取りあえず、部活を作ることに成功した。

 後は、どうとでもごまかしがきく。

 精一杯学園生活を楽しませて貰おうじゃないか。

 順調に進む計画。

 笑いが声に出そうなのを必死でこらえる。

 さて、顧問は決まったし、次は部員だな。

 最低でも4人必要だったな。

 学ランの内ポケットからメモを取りだしめくり出す。

 そして、名前が連ねて書かれているページで手を止める。

 早吹矢那。

 まずはこいつだ。

 誰に知られることもなく、彼の陰謀は何処までも黒く動き出している……。


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2006/08/01(火)