四話
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 ――無傷。

 なんと撥ねられた二人はかすり傷一つ無かったのである。

 全く驚きだ。

 二人を撥ねた運転手は酒を飲んでいたらしい。

 更には、車との接触時、その速度はブレーキを掛けたにもかかわらず、時速六十キロ出ていたと言うではないか。

 では、何故二人が無傷だったのか?

 この至上稀にない奇跡について我が輩が説明しよう。

 まず、その前に悪の枢軸なる堀内ゴン太が足を負傷していたのは覚えているだろうか。

 きもめがねがうっかり刺して付けてしまった切り傷だ。

 そうなのだ。

 この事が今回、彼が轢かれることになった原因と奇跡原因なのだ。

 っと、いうのも、酔っていたとはいえ運転手は八十メートル手前から、ゴン太氏が横断歩道を渡り始めたのを確認しているのだ。

 しかし、運転手はそれにもかかわらずスピードを直前まで落とすことはなかった。

 無論運転手は信号を守る気は鼻から無かった。

 ゴン太氏が十分車輌の進路から脱出するのに時間は充分にあった。

 だがそれは、彼が足に怪我を負っていなかったらの話だ。

 故にゴン太氏は撥ねられた。

 通常なら死んでいる。

 しかし、そこにたまたま居合わせたきもめがねが奇跡を起こしたのだ。

 そう、きもめがねがゴン太氏をかばったのだ。

 ここできもめがねの有り余る贅肉が大活躍したのである。

 全身の脂肪が共鳴し時速六十キロの衝撃を全て吸収したのだ!

 ゴン太氏の前に仁王立ちし、彼をかばった。

 まあ、いくら肉が余っていたところで車を押し返す事は出来なかったので、きもめがねはゴン太氏共々宙を舞った。

 その着地の衝撃も全て贅肉が吸収し、二人とも無傷だったわけなのだ。

 実に、焼き肉の食べたくなる奇跡である。

 その為、医師は本来なら手術が必要なところをダイエットフード一つで彼らをそのまま帰したと言うわけである。

「さて、先輩。悪の枢軸なるゴン太氏を抹殺しに行こうではありませんか」

「もう大丈夫だろ。その悪の枢軸を太田がかばったんだからな……。 いや、貴様の頭には殺すことしかないのか!?」

「……ちっ」

「俺は、貴様の方こそこの世にいてはならないと心の奥底からまことしやかに感じている」

 全く。

 先輩も人が悪い。

 本当は、我が輩の功績を認め抱きかかえ、共に涙を流したい衝動を我慢しているのだ。

「ああそうだ。貴様を再研修するように上から通達された」

「何ですと! それは一体どういうことでありますか!」

「いや、どういう事も何も上が貴様の研修を忘れていたらしい。よって正確には再研修ではないな」

「そう言えば我が輩、初出社の時ここでテレビでも見ていてくれと言われてから、数週間飲まず喰わずで放置された記憶が……」

 なんと言うことだ。

 あれは全て我が輩の忍耐力を試すために行われたと思っていたのに。

 事実、我が輩の他にもいたはずの新人が全て途中で帰ってしまったのだ。

「本当にウチの上の奴らは腐ってる。おかげで優秀そうな奴らは全て辞めちまった」

 すると我が輩は選ばれた者であり、しかも研修も受けずに初任務をこなした。

 これは、期待のルーキーと言うことでありますな。

「わかりました先輩! 我が輩研修を受けて素晴らしき暗殺者になります!」

「わかってねぇ! 微塵もわかってねえよ!」

「と。いいますと?」

「俺たちの仕事は、ターゲットの身の安全と非道徳的な行為に走らないために勤めること。そして、愛らしい笑みで癒すことだ」

 あれ、パンフレットに書かれていた仕事内容とずいぶん違うような気がするのは気のせいだろうか。

「先輩。これウチの会社のパンフレットなんですけど、あなたも我が社で暗躍してみませんか? その有り余る才能によって、この社会の裏側で活躍するあなたの力を必要としていますと……」

「そうでも書かないと人が来ないからな。それ、俺が作ったんだ」

 世の中理不尽なことばかりだ。

 我が輩が研修を終えた暁には、まず先輩を闇に葬ってしんぜよう。

「それに、愛らしい笑顔で癒すって気持ち悪いことこの上ない。先輩のそんな姿をみたら我が輩失神します」

「そうか? まんざらでもないようだぞ。人間にとってはな」

 そういって、先輩は愛らしい笑みとやらを我が輩に見せてくれた。

 きっと我が輩、今日は眠りにつくことが出来ない気がする。

 我が輩が、どうして良いものかと四苦八苦していると先輩は、ふっと笑って一言こういった。

「何故なら俺たちは……。 猫だからな」


 終わり




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2007/01/18(木)