――翌日早朝。
我が輩は昨晩の出来事を反省し、考えた。
そして一つの結論にたどり着いた。
きもめがねを闇に葬らず、この問題を解決する方法は……。
そう、一つしかない。
昨日、きもめがねを取り囲んでいた悪の枢軸を闇に葬ればよいのだ。
さすがの我が輩もこの名案に己が怖くなった。
才能とは実に恐ろしい。
その為、我が輩は奴が登校するのを待ちかまえている。
幸いターゲットは手負いの身。
交通量の多いこの横断歩道でその背中を押してやれば全ては終わるのだ。
この計画を我が輩は何度も頭の中でシミュレートする。
たった一つ信号のタイミングが気になるが、ここの信号はなかなか変わらない。
自動車優先の交通整備に心から感謝する。
そうこうしている間に我が輩はターゲットを確認。
殺意を消し、気配を殺す。
そして、ターゲットが我が輩の目の前で信号待ちのため止まった。
今だ!
消していた殺意を開放し、渾身の力を込めて突撃する。
衝撃が身体を駆け抜け、我が輩の身体は無様に歩道へと転がった。
ターゲットはびくともしていない。
「先輩! 何で邪魔をするんです!」
そう、先輩が直前で我が輩の計画を邪魔したのだ。
さすがにいくら賢明な我が輩でもこれにはカチンとくる。
「ふざけるな! 貴様は俺をクビにしたいのか!」
「何ですと? 我が輩の邪魔をして自らクビの道を選んだのは我が輩では無く先輩ではありませぬか!」
「ほっほう……。俺は決めた! お前を殺して俺も死ぬ!」
「先輩、早まってはなりませぬ! 田舎に残した先輩の母上もきっと悲しみますぞ!」
「うるさい! 貴様のそのテレビで培った偏った知識にはうんざりだ」
昨日の我が輩のように先輩はどうかしてしまったのだ。
先輩は自慢の獲物を振りかざし、狂気に満ちた目で口元に笑みさえ浮かべている。
我が輩は、我が輩は……。
いや、受け入れようではないか。
我が身を持って先輩の魂と天へとおもむき、共に裁きを受けようではないか!
神に祈りを捧げ、それが終わると同時に先輩は振り下ろした。
しかし、まさに後二ミリで我が輩の魂が天使に囲まれ天へと向かおうとしたその時。
我々の後方で、きーっという耳障りな音が聞こえたかと思うと人が宙を舞っていたのだ。
まさに我が輩が闇に葬ろうとしていた悪の枢軸。
そして、守るべきはずのきもめがねだ。
「きもめがねー!」
「あ? きもめがね? ……おいおいおい。何で仲良くこいつら撥ねられてるんだ!?」
「いや先輩、それよりもこの緊急時にはアレを呼ばないと!」
「ガ、ガスとか漏れると心配だからな」
「先輩取り乱している場合ではありません! こういう時は保険会社に連絡しないと!」
「そ、そうなのか?」
「先輩! 白い車から怪しげな男達が降りてきて奴らの死体を運び出そうとしております!」
「なっ……。 まずい、間に合わない! 新人、車の屋根に飛び乗るぞ!」
「はい!」
我々は発進する直前なんとか車にとりつくことが出来た。
この車について行けば必ずや悪の組織へと案内してくれることだろう。
「おい新人。俺が思うにこれは救急車と呼ばれる物だと思うのだが」
「まだその様なことを……。 前を見てくださいあの巨大な建物を!」
「あれは、病院というものだ」
「なっ! 病院と言えば、政府と癒着し、暴利をむさぼる悪の組織ではありませぬか!」
全く、先輩といえどなんたる無知か。
後輩としてこういうとき本当に辛いと思う。
「……おい新人。貴様実は己の過ちに気づいているだろ!」
「な、何を根拠にその様な世迷い言を……」
「何故どもった! 何故目を反らす!」
やれやれだ。
男というのは細かいことを気にしてはならないのだ。
こんな事ばかりしているから器の大きさを知れ、
「女房に逃げられるのだ」
「おい。貴様の考えてること中途半端に口から出ているぞ」
「……。あ! 先輩もうすぐつきますぞ!」
「あいつとは、その……。 価値観の相違っていうか……」
「我が輩の所に好きな人ができたと伝えてくれって最後に言いいに来ましたぞ」
「お前! 何故今まで黙ってた!」
「先輩、奴らが運ばれていきます。後を追いかけましょう!」
未練たらたらの先輩を促し、我が輩達は奴らの後を追った……。
2006/08/18(木)