今から2500年前。デッペルグは人口40万からなる、世界にも例を見ない巨大な王国であった。そして、膨大な魔力を持つ王に統治され常にこの国の平和を保っていた。
このデッペルグでは貿易が盛んで、その貿易相手は唯一の隣国デキタイトである。だが、目立つ特産物もないデキタイトは赤字貿易を余儀なくされていた。
その為、デキタイトはデッペルグに反感を持っていたが、国力に8倍もの差があり、デッペルグをどうこうすることは出来ない。
それでも、デッペルグは警戒を怠らず、王が魔術により国を霧で包み入国を制限した。
デッペルグの人々は、その殆どが魔術を使うことが出来る。また、それが、生活にとけ込んでいた。しかし、魔術を悪用する者もいる。その為、犯罪を防ぐために、高等僧侶と呼ばれる魔術師や、王国騎士団などが日々治安維持に励んでいる。
その高等僧侶の1人に、ヴァルクという男がいた。とりわけ目立った功績は無いが、高い魔力と技術を持っていた・・・。
しかし、物語の主役は彼ではない・・・。
人が集まり、賑わうところに陰があるのはいつの時代も同じであろう。
デッペルグにもスラムは存在する。満たされぬ空腹と寒さ。スラムに住まう者にとっての望みはその二つを満たす事。
故に、スラムの住民は、命を省みず犯罪に手を染める。
そして、住まう者に歳の隔たりはなく少年であろうと少女であろうと罪を犯す。
紅く鋭い眼をしているが、まだ、あどけない12歳ぐらいの少年が、スラムの一角で地べたに座り込み、空を見上げている。
おそらくは何日か、何も食べていないのだろう。瞳が若干曇っている。歳に似合わないその憂鬱な瞳。
彼に残された選択肢は僅かで、その手を罪に染めるか、そのまま朽ちるか。はたまた物好きな人間の助けを信じるか。
ゆっくりと立ち上がると、俯きながら彼は、市場の方へと足を進めた。
スラムで生き残る者にとっての最も正しき選択を彼は選んだのだ。
石造りの小さな建物。煙突からは煙がたちこめ、彼を誘い入れる。
「いらっしゃい!!」
ドアを開けるとカランという音と共に店主のよく通る声が出迎える。
紅い眼をした少年は一度店内を見回すと、手近にあるパンにかぶりついた。
「あぁ!?おい、ガキなにしやがる!」
店主は急いでカウンターから少年の素へと駆け寄る。
「きったねぇ身なりしやがって!。どこのガキだ!?生憎だが慈善事業じゃねぇんだ。金はあるのか!?」
少年は、店主をキッと睨むと次の瞬間、彼の右手にその瞳を表すかのような紅い火球がうまれる。
「ぎゃあぎゃあ、喚きやがって!うざいんだよ!」
「なっ・・・!」
火球を店主に投げつけた。しかし、店主に火球が振れるか否かのところで、火球を青い光が包み込み、火球は収縮し消滅する。
「そうやすやすと、町中で攻撃魔法を使われると困るんだよ」
「なんだ?お前」
少年は、声のする方へと視線を移し、白いローブを着た男に問いかける。
「私は、高等僧侶ヴァルク。主に町中で魔法を使用した犯罪を防ぐのが仕事だ」
「で?」
ヴァルクに向かって5つの火球が襲いかかる。
だが、また青い光がそれぞれの火球を包み込み火球を消滅させる。
「君は自分が何をしようとしているのかわかっているのか?」
「あんた回りくどいんだよ!」
ヴァルクは、一つ大きくため息を吐くと、少年の首根っこをつかみ、店の外へと放り出す。
「君のしようとしている事は犯罪だ。パンを盗むだけならともかく、店主に手をかけるなどと!」
少年は、その目の前に、両腕の長さに等しい火球を出現させる。
「だから、何だって言うんだ!」
三度火球を青い光を包み込む。しかし、火球は消滅せずその大きさを増す。
「他にどうしろって言うんだ!どうすればいいのさ!」
「何という魔力だ・・。これ程の力がこのような少年に・・・。」
火球は拡大を続けすでに道いっぱいに広がっている。
「面白いじゃないかクソガキ!」
「クソガキって言うな!!俺はジースだ!」
火球の拡大にともない、両脇の建物に火が移り始める。また、火球そのものが、建物を押し潰す。
ヴァルクは、右手をゆっくり上に上げると眼を瞑り振り下ろす。
すると火球は、すうっと霧の様に消滅した。
「あんた。一体なんなんだよ・・・!」
そのまま少年は、地面に崩れ落ちる。
「さっき言っただろう?私はヴァルク。高等僧侶だ」
そして、次の瞬間、彼らの遙か上空が、轟音と共に焼かれる。
雲の無い昼下がり。、一瞬にして夕焼けと化した・・・。