一切の光を通さない部屋。故に窓は無い。そしてここは地下。ジースはそんなところにいる。
どれぐらいの時間が過ぎたか。30・・・。いや、1時間ぐらいか。
あれから、あの男にこの部屋で待つように言わた。その際、身体チェックなぞされたが、それ以外は何も無い。
四方の壁は隙間無く、息苦しさを覚える。
おおよそ長い間油を注していないであろう扉が音を立てて開く。
そして、あの男が姿を見せる。
「時間だ・・・」
男は出てくるように、そぶりで促すと、つかつかと歩き出す。ジースは何も言わずその男の後を追う。
やがて、前方から光が刺し込み、続いて喧騒が聞こえ始める。
それに近づくにつれ理解した。自分がこれから何をするのかを。
「あー。いきなりかよ・・・」
円形にくり貫かれた地下。まさか、これほど大きいとは。そして、数百の観客。
よく見れば、数人の魔術師が、結界を張っている。観客への配慮だろう。
これほどの物と人をよくも隠しとおせるものだと内心ジースは感心していた。
その中に踏み入れた瞬間通路へ続く扉が閉じられる。同時に逆側の扉が開かれる。
突然、どこからとも無く聞こえるアナウンス。
「今宵、最初カードは、名も無き迷い子と怒れる繋がれた獅子!名も無き迷い子の運命やいかに!」
誰が、名も無き迷い子だ。悪態つきながらも前に出る。
すると客席から、剣が投げ入れられた。
「名も無き迷い子君。必要なら使いたまへ」
先ほどのアナウンサーらしき男が笑顔で手を振る。
「もちろん。魔法も好きなだけ使えばいい。ルールは無い。どちらかが絶命した時点で終了だよ」
言い終えたころ、逆の扉の奥からじゃらじゃらと鎖を引きずる音が聞こえてくる。
姿を現したのは青い獣。獅子と言う割に、その面影は狼に似ている。
それは、首輪を嵌められ、半端な長さの鎖を引きずっている。
やがて、逆の扉も閉じられる。
睨み合うジースと獣。
ジースが剣を引き抜くと同時に、獣が咆哮をあげながら跳躍する。
2ステップでジースまでの距離をいっきに縮め、3スッテップ目でジースに襲い掛かる。
それを正面からたてに剣で思い切りたたきつける。
が、高音とともにその刀身は折れ、左腕を食いちぎられる。
わーーーっ!と観客の歪んだ喜びの声。
「がぁぁぁ!!」
少し遅れてジースは苦痛に叫び声をあげる。が、魔術で瞬時に腕を修復する。
再び飛び掛ってくる獣。それに、火球をぶつける。
獣は、まったく物怖じずそのままジースに体当たりする。
とっさに腕でガードしたが吹き飛ばされ、両腕の骨は砕け散る。
遠のく意識を必死でとどめ、両腕を修復する。
冗談じゃねぇぜ。剣も魔法も通じないのかよ!
容赦なく襲い掛かる獣、その度ジースの身体は傷つき、それを回復。その繰り返し。
「これならどうだ!」
ジースは、両腕を前にかざす。すると地面から泥が噴出し獣を包む。そして、瞬時に固まり岩となる。
静まる観客。が、獣はなおも動き出す。ぴしぴしと岩を砕く音。それとともにジースに襲い掛かる。
スピードこそ格段に落ちたもののその力はまったく落ちていない。
「化け物め・・・」
再び、場が騒がしくなる。
獣の巨体を避けきれず、ジースはそのまま壁にたたきつけられる。
傷を修復し、立ち上がる。
再び両手を前に突き出し、今度は巨大な火球を作り出す。
「だったら力押しだ!」
それを、獣にぶつけ。取り込み、更に、巨大な質量の圧力を持って押しつぶす。
それでも、そこから抜け出そうと咆哮をあげ、もがく。
そのとき、熱と圧力に耐え切れず。鎖が消滅する。それとともに獣は燃え上がり炭と化した。
なるほど、実態は首輪だったわけだ。通りで魔術が効かないはずだ。
ジースは、拍子抜けしつつため息を吐いた。
そして、アナウンサーがジースの勝利を告げる
「終了!勝者名も無き迷い子!」
盛大な歓声によってその勝利が称えられた。
これが、彼の試練の始まりである。