一章.五話
前のページへ  l  トップへ  l  次のページへ

夜、ユリアは、館でジースの帰りを待ちながら、夜空を見つめていた。

ふと、そのオールドブランの長い髪をなでながら、ジースの事を考える。

俺が王になる。彼はそう言った。その恥ずかしい台詞に耐えられなくて茶化した。

今も思い出して、こそばゆくなる。だが、悪い気はしない。

そんなことを考えていると、館のドアが開く音が聞こえた。ジースが帰って来たのであろう。

とてとてと、玄関に向う途中でジースを見つけた。

「おかえりなさい」

「ただいま・・・」

言葉に覇気が無い。暗くて顔色は伺えないが、冷や汗らしきものが確認できる。

ジースがふっと足から崩れ落ちる。それに気づき、ユリアが支えようとする。

が、寄りかかるようにして崩れたかと思うと、丁度水風船が割れる様にパシャパシャと四肢が落ちる。

「ちょっと・・・。ジース!?」

次第に、漂いはじめる血の匂い。思わずジースを落としてしまう。

「おにーちゃーーん!」

取り急ぎ、魔術で止血を施しながら、兄を呼ぶ。

「何があったのよ!ジース!」

「ちょっと、派手に転んじまった」

ジースはそれきり、何もしゃべらなくなる。ユリアの瞳から涙が零れ落ちる。

何故!?そればかりが彼女の頭に浮かび、最終的に自分のせいだと思いつめる。

「・・・ジース」

「どうした?ユリア・・・。これは、酷いな・・・」

駆けつけたヴァルクはジースを見るなり顔をしかめる。

「お兄ちゃん!」

「ユリア、後は任せてお前はもう寝なさい」

「でも・・・」

ヴァルクはその場で、ジースの治療を始める。

「ジースの術が不完全で、上手く腕を維持でき無かったんだ」

そう言って、淡々と魔術で四肢を治し始める。

「心配するな。すぐに治る・・・」

言いかけて、振り返るとすでにユリアはいなかった。

気にせず、魔術で、四肢の修復を続ける。

「まったく、どうすればこんな事になるんだ・・・」

お前が、簡単に死ぬとは思ってはいない。だが、この姿をユリアに見られたのは面倒だ。

もう、お前をユリアは行かせてくれないかもしれないな・・・。



ユリアは泣いていた。

己の責任と無力さに対して・・・。

私が、ユリウスの元に行けばジースは、傷つかなくて済む。

だけど、彼は、きっとそれをよしとはしない。例え、自身が滅びようとも、ユリウスに立ち向かう。

でも、このままじゃ・・・。

ユリアは、胃にヒシヒシとした痛みを覚える。

どうすればいいの・・・。

おそらく彼女の問いに答えられる者はいないだろう。

そのジレンマに彼女は、眠ることさえ許されなかった。



「ジース・・・。ほら、起きろ!」

翌日。ヴァルクの声でジースは目覚めた。

四肢に異常は無い、完全に治ったようだ。

「師匠?おはようございます」

そういうと、ジースは、両腕の感触を確かめはじめる。

「さて、何があったかはともかくとして、これからどうするんだ?」

その言葉に、ジースはいぶかしげな顔をする。

「どうするって、また、戦いにいくけど」

「ユリアにはなんて説明するんだ?」

「・・・全部話すよ」

それを聞きヴァルクは少し考えるしぐさを見せる。

「そうか・・・。だが、あいつがお前を・・・」

「話さなきゃ、何も始まらないさ」

話を途中で切り上げ、起き上がり部屋を出た。

なんだか面倒なことになっちまったな。

ユリアを探すため食堂に向かう。

しかし、そこにユリアの姿は無かった。



前のページへ  l  トップへ  l  次のページへ