ハークは、とうとうエリを見つけることが出来なかった。
霧はどんどん濃くなり、既に元に戻れないほど奥に来ている。
まずい。
エリを探すことに夢中で、泥沼にはまってしまった。
やがて、疲労を覚えその場に座り込む。
まさに右も左も解らない状況。
ただ動くだけでは体力を消耗すると考えたからだ。
もともとこの霧は、このように侵入者を迷わせ、国内への侵入を防ぐためにある。
ここを抜けるには、専用の知識を持った人間と同行するのが常だ。
途方に暮れていると、水の流れる音が聞こえてくる。近くに川でもあるのだろうか。
喉も渇き、他に行く当てなど無いので、音のする方向に向かって歩き出す。
やがてその音は大きくなる。姿勢を低くして慎重に歩く。
が――。
落ちた。
川は確かに存在したらしい。
その水深はと水流は、人一人流れて、なおあまる程のものであった。
必死になって、岸に戻ろうとするが、周りは霧。
何度も水を飲み、息苦しさに耐えきれず、まともに泳ぐことすら出来ない。
彼が、意識を失うのに数分と掛からなかった……。
次に目を覚ました時ハークはベッドの上にいた。
上体を起こし周りを見渡す。
あまり、広いとは言えない部屋に見たことの無い調度品が多く見受けられる。
どうやら既に、陽は沈みかけ、窓の外は紅い。
いまいち状況が理解できない上に溺れたというこもあって彼は呆けていた。
するとドアが開き、女が入ってくる。
「あ。起きたのね。息はあったけれど意識が無いから心配したよ」
「はあ……」
女は、長い萌葱の髪。垂れ眼というわけでは無いが至極優しそうな印象を受ける焦げ茶色の眼。
黒と白で構築され、布を何枚も重ね合わせたようなひらひらが付いた服。
「綺麗ですね」
「そう? ありがとう」
女は、照れるでも喜ぶでもなく、表情を変えずにそっけなく返す。
きっと彼女は、その言葉に慣れているのであろう。
「ここはどこですか?」
「ここはテケ村。水を汲みに行ったらあなたが流れてきたの」
ああ溺れたんだっけ。
少しずつ、頭がしゃっきりしてきて状況が理解できるようになる。
取りあえずは、霧を抜けたらしいと、安堵する。
「えっと。失礼ですけどあなたは?」
「エーシャ。君、鎧着て川に入るなんて面白い趣味しているんだね」
「落ちたんですよ」
ふと、自分が鎧を着ていないことに気づき、自分の姿を見回す。
彼のものではない服に包まれている。
途端に、ハークは顔を紅くする。
「なっ。まさか!?」
「うん。流れていた君をここまで引きずって、服まで着替えさせてあげたんだから感謝してくれてもいいのになあ」
「有り難うございます……」
生まれて初めて女の人に自分の裸を見られた。
今直ぐにでもここから逃げ出したい気分だ。
「見たことの無い鎧だったけど、もしかして君は他の国の人?」
「他の国? いえ、デッペルグですけど」
「へー。ここはデキタイトよ?」
「え?」
他国に流れ着いたらしい。よくもまあ生きていたものだと感心する。
だが、それどころでは無いことに気づく。
外側に出てしまった。これでは帰ることが出来ないではないか。
エーシャは、興味深そうにハークを見つめる。
「帰れない!」
「ええ? そうなの?」
頭を抱え俯き絶望する。
一難去ってまた一難とはこの事だ。
何やらまだ、問題が色々ありそうで、至極不安なハークだった。