四章.三十一話
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 「これはこれは、エーシャ様。よくぞいらっしゃいました」

 屋敷のドアをエーシャが数回叩くと、全身黒で統一され、ぴしっとした服を着た爺が出てきた。

 この人が知り合いの人となのか?

 こんな大きな屋敷で様付けで呼ばれるエーシャさんは何者なんだろう。

「ロジャーに会いに来たんだけどいいかしら?」

「はい。直ぐにお呼びしてきます。」

 どうやら違うらしい。

 少しすると、金髪の男が出てきた。

 先ほどの爺と同じ様な服を着ている。だが、こちらは白だ。

「エーシャ。ついに僕と結婚する気になったんだね!」

「そうだなあ。しばらくここに置いてくれたら考えてもいいかも」

「それは本当か!? 勿論構わないよ。一生ここに居てくれたらいいんだけどね」

 成る程。これだけ美しい未亡人を世の中の男が放っておくわけないよな。

 うんうんとエーシャの隣で一人納得する。

「おや? 隣の彼は?」

「私のナイト様よ」

 その瞬間ぴくっと眉が動いた。

 誤解を生むようなことを言わないで欲しい。

「ふむ。そうか。よく彼女をここまで護衛してくれた。帰っていいぞ」

「ちょっとロジャー?」

「あ、私としたことがこれはいけないね。ほら、金だ」

 そう言って。懐から金貨を数枚取り出す。

 その瞬間、ロジャーの顎にエーシャの拳が飛ぶ。

「エーシャさん!?」

「大丈夫。手加減はしたよ」

 ハークに向かってにっこりと微笑む。

 確かに彼女なりに手加減したのかも知れないが、ロジャーは数センチ浮いて床に倒れた。

 そして、全く動かない。

「ロジャー様!?」

 側で見ていた爺が、ロジャーの傍らにひざまずき、頬をぺしぺしと叩く。

 するとすぐさま起きあがり、ぐっと彼女の手を握る。

「本当に久しぶりだね。君もその拳も本当に待ちくたびれていたよ」

「そう? それは良かった。彼は私の大事な人だから丁重に扱ってくれると嬉しいな」

 再びロジャーの眉がぴくりと動く。

 もしかして、からかっているのだろうか。

 一体ロジャーとエーシャさんはどんな関係なんだ。

「騎士君。君は一体彼女の何なんだ!?」

「えーと。昨日川に流されて居たところを彼女に拾われたんです」

 昨日。その単語にロジャーはほっとした様な仕草を見せる。

「でも、昨日一緒に寝たし、私彼の全てを見たわよ?」

「なっ……」

 驚いた顔で、ロジャーはハークを見つめる。

 ハークは、昨日の事を思い出し顔を紅く染めた。

 ロジャーは顔を真っ赤にして怒り出す。

「君はいったい何なんだ!」

「騎士の見習いです」

「表に出ろ! 騎士ならば剣で己の正しさを証明しろ!」

 正しさも何も、何も間違ったことはしていないのだけれど。

 ハークの心の叫びは届かない。

 仕方なしに、外へと出向く。

「セバスチャン! 私の剣を!」

 そう呼ばれた爺はすぐさま剣を持ってくる。

「さあ、始めようか」

 セバスチャンから、細い棒のような剣を受け取るとそれを構える。

 渋々と、ハークも剣を構え、距離を取る。

「行くぞ!」

 そういって、一気に間合いを詰め、ハークの首を狙って付いてくる。

 ハークはそれを左に交わし、剣を横になぐ。

 当然の様にロジャーは、後ろにステップしそれを避ける。

 睨み合い。

 再びロジャーが先に攻める。

 ハークはそれを剣で弾き、ロジャーに肩で体当たりを入れる。

 よろめいたロジャーに剣を突き立てチェックメイト。

 「終わりです」

 そう告げた時、ロジャーはサイドステップしてハークの首を突く

 「っ……」

 だが、ハークはそれを左腕を犠牲にして防いだ。

 何をするんだ。そう言いかけた時。

 近づいていたエーシャの拳が、ロジャーの胸に決まる。

「何やってるのよ! もう終わっていたでしょ?」

 ロジャーは痛みと呼吸困難に苛まれ、ごろごろと地面を転がる。

 どうやら、本気で打ったらしい。

 仕方なしにどんどんとロジャーの背中を叩いてやる。

 そのたびに苦痛にもだえるロジャー。どうやら骨が折れているらしい。

 それを魔術で治してやる。続いて自分の腕にも魔術をかける。

 ハークの魔術では完全に治すことが出来ないが……。

「どうです? 痛みは取れましたか?」

「え?」

 ロジャーは自分の胸を触り良くなっている事に気づく。

 その様子に、エーシャも驚きの顔をしていた……。



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