一章.一話
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 夜。

 部屋の電気は消えている。

 明かりと言えば、俺のノートパソコンぐらいだろう。

 太いカッターの刃を手に取り、左腕の肘に近いところにその刃を載せる。

 力を入れすっとそれを引く。

 少し遅れて赤い線がその場所にあらわれる。

 浅いな……。

 その線に沿うようにして、それをもう一度斬りつける。

 「くぅぅ……」

 血が少し跳ねてシーツを汚した。

 そして、血を見たショックで酷い目眩に襲われる。

 視界が白く明るく曇った様になり、吐き気もやってきた。

 まさか深すぎたのか……。

 リストカットを行ったのはその日が初めてだった。

 これが気持ちいいだなんて、俺には理解できない。

 ふと、このままじゃ死ぬんじゃないかと考えるが、その時はその時だ。

 ぼたぼたと垂れる血が、これ以上シーツに広がらない様に、ティッシュで血をある程度拭き、傷口をハンカチで緩く巻く。

 くらくらするが、歯を食いしばり、ハンカチの上からタオルで覆った。

 そこで、すっと意識が遠のき俺は暗闇に堕ちていった。



 次の日。

 俺はいつもより早く目覚めた。

 時刻は五時。

 残念。

 生きていたらしい。

 ふと、左手を見てみる。

 タオルまで真っ赤に染まり、結局シーツにそのシミはうつっていた。

 まあいいか。

 枕元にある煙草に手を伸ばしそっと火をつける。

 横になったままでは、肺の中に煙が変に入り込むが、起きあがるのはめんどくさい。

 気になっていた血の臭いもこれで消えるだろう。

 煙草をくわえたまま左手のタオルをぐるぐると巻き取る。

 固まった血が、ぱらぱらと粉になってシーツの上に落ちた。

 めんどくさいと思いつつ、煙草を灰皿に置き、粉になった血を手で集め、ゴミ箱に捨てる。

 更にもう一枚。

 元々赤いハンカチが、どす黒く染まっている。

 ハンカチと傷口が張り付いてはずすときに痛みを覚えた。

 そして傷口を見る。

 ハンカチに着いていた埃が少しピンク色の肉の上に張り付いていた。

 きっとこの傷は、一生残るんだろうな。

 だから、死ぬときは確実に死にたかったのに……。

 これからこの傷を隠し続けねばならない。

 でも一本なら簡単にごまかせるか。

 それにそれはどうでもいいことじゃないか。

 短くなった煙草の火を消し、血を洗い流すために風呂に向かう。

 勿論、途中で家族に会わないよう、足を立てず慎重に歩く。

 次はどうやって死のうかなあ……。

 排水溝に流れていく血を見ながら俺はそんなことを考えていた……。


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2006/08/01(火)