三章.十九話
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 ――夜。

「お前何やってるんだ! 早く戻ってこい!」

「頼むから戻ってきてくれ」

「もう、お前が帰ってきてくれれば何も言わないから」

「帰ってきなよ……」

「そっちはどう? 楽しんでる? 飽きたら帰って来なよ?」

 俺は逃げている間に、何度か携帯電話の電源を入れ、留守録を聞いた。

 誰の者か分からないものから、忘れかけていた友人の声が俺を追ってくる。

 ……怖かった。

 厳しい言葉だろうと優しい言葉だろうと俺は足を休めることは出来なかった。

 甘い言葉でも涙しながら懇願されても俺は前に進んだ。

 足の感覚がなくなっても逃げ続けた。

 まるで、人を殺したかのような罪悪感に苛まれ、何度も自虐的に自分を責めた。

 心休まる暇なんて無い。

 帰ってどうなる?

 帰った後、俺はどうすればいい?

 道を踏み外したのはこれが始めてではないが、もう元に戻る方法はない。

 だから死のうと考える。

 俺にとって死ぬことですら逃げる為の選択肢だった。

 だが、いざ死のうとして簡単に死ねるわけがない。

 それで物理的に逃げたのだ。

 起きている間の殆どは逃げるため何らかの手段を講じて移動していた。

 陸をさ迷い。

 空を飛び。

 そして、海を渡った。

 逃げるために。

 喉が渇き、飢えて前が見えなくなっても逃げ続けた。

 朝日が昇ろうと、夕日が沈もうと俺には逃げる事しか出来なかった。

 帰りたいなんて最後まで思いもしなかった。

 日本中逃げ回り、国外に行こうとも考えたぐらいだ。

 目に見えぬものに追われ、自分自身からも逃げていた。

 どこまでも続く日本の道は、俺にとって救いであって希望であった。

 その道で朝を待ち、飯を喰った。

 逃げる。

 それだけを考えて歩いた。

 足の裏がすり切れようと、間接が痛くなろうと、その感覚すらなくなろうと俺は逃げた。

 目標の場所に着いた瞬間考えるのは次の逃走地。

 別に追ってくる人間がいたわけじゃない。

 ありとあらゆる自分の未来を想像して逃げていた。

 恐怖に何度も涙した。

 怖くて家に帰れなかった。

 だから、人気のないところで野宿を重ねた。

 もし、俺の目の前に行き止まりが現れたら死んでいただろう。

 しかし、そんな俺が何故帰って来たのか。

 今となっても分からない。

 飢え?

 寂しさ?

 諦め?

 今となっては全てがどうでもいい。

 ただ、一つだけ。

 俺を心配してくれた人達に謝りたかった……。


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2007/01/19(金)