一章.三話
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「うーん細かいなぁ……」

 俺の耳元にそんな紀美の声が聞こえてきた。

 頭がずきずきと痛む。

 それをこらえて目を開けると紀美は……。

 人形のスカートをめくって中を覗いていた。

 そして、あろう事かそのパンツを脱がし始めた。

「うそ! こんな所まで!?」

「おい、何やってるんだ?」

「ひわっ!?」

 紀美が驚いて人形を落とす。

 すかさず俺は転がってそれをキャッチする。

 これを壊したら中には入れない。

 そんな執念から人形を守ったのだが。

「それ大切なんだね。ごめんね。私そんな早月の趣味を頑張って受け入れるから」

 そうですよね。

 こんなもの持ってたら普通そう想いますよね。

「これはマンションの鍵だ」

「ううん。誤魔化さなくたっていい。私達は幼なじみじゃない」

 美樹はその大きな瞳をうるつかせながら上目遣いにそんなことを言う。

 俺は紀美の手を取り強引にエレベーターに乗り込む。

「え。そんな。私口止めされなくても言わないから大丈夫だよ?」

 無言で8階のボタンを押す。

 きっと、これが鍵だと示せば気づいてくれる。

 8階に着くと早速部屋を探す。

「805……。ここだ」

 ここぞとばかりに人形を掲げる。

 かちっ。

「な? 鍵だろう?」

 紀美は固まった。

 ああ。

 予想どおりの反応だな。

 次に彼女はドアをくまなく調べ始めた。

「何をやっているんだ?」

「センサーが見あたらないの」

 言われてみれば確かにそうだ。

 これが、赤外線や電波を放っているとしたらセンサーが無くてはおかしい。

「それにどうやって鍵をしめるの?」

 俺は人形を再び掲げる。

 かちっ。

「絶対おかしい」

 何はともあれここでそんなことを考えてもしょうがないのでもう一度鍵を開けて中に入る。

 玄関を抜けると大量の荷物が山積みされていた。

「うわ。これあけなきゃならんのか」

「少しずつ開けていこう。無理に今日全部開けなくても大丈夫だよ」

 めんどくさい。

 取りあえず1番と書かれた箱を開けてみる。

 中にはソバが入っていた。

「あー。ソバ配らなきゃ……」

「引っ越しソバね」

「マンションの場合両隣上下だっけか?」

「知らない。適当に配っちゃえ」

 いや、あんたも行くんですよ。

 嫌がる君の手を引き挨拶回りに行くことにする。

「あ。フィギュア」

「え?」

 彼女の指さすところに例の管理人の札とキーホルダーになったフィギュアがあった。

 今度のはちょっとアニメっぽい。

『すぺあきー』

 ざっ。

 俺がそれを見るよりも早く紀美はスペアキーを取った。

「私これね!」

 しまった。

 そっちの方が――。

 彼女はそそくさとそれをしまい譲ってくれそうには無かった……。


七川早月瀬本紀美

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2006/08/03(木)