三章.二十一話
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 ――大通り。

「紀美。既にうすうす感づいているかも知れないが、俺は日本語しか話せないんだ」

「大抵日本語しか話せないと思うよ?」

「だけど、ここはパリなんだ。フランスなんだ」

「だから?」

 なっ。

 これだけ未知の会話が飛び交う異文化のなか紀美は何で落ちついていられるんだ?

「フランスなんだからフランス語が飛び交っていたって不思議はないでしょ」

 今日のこいつはクールだ。

 まさか……。

「お前フランス語話せるのか!?」

「ふふ。フランスに来るんだから事前に学習しておくのは当然でしょ?」

 そう言って紀美は一冊の本をどこからか取り出すと高々と頭上に掲げて見せた。

 恥ずかしい奴だ。

 しかし、ここはフランス。

 気にかけることはない。

『これでばっちりフランス人! フランス語マスター』

 おや?

 何処かで見たことがあるフレーズだな。

『※この本はフランス語を覚えるためではなくフランス人になりきることを目的としています』

「それちっがーう!」

「何が違うっていうの? この本にはフランス人っぽい話し方や振る舞い方が書いてあるんだよ?」

 っぽいって何なのさ。

 フランス人になりきったって話せなければ意味がないだろう。

 更には、堺先輩の愛読書と同じシリーズ同じ出版社の本じゃないか。

 期待した俺が馬鹿だった。

「早紀信用していないでしょ?」

「信用出来るか! 大体その本怪し過ぎるだろ!」

「ふーん。じゃあ、ちょっと待ってて。ちょっとあそこに突っ立っている人から修行出来そうなケーキ屋さん聞いてくるから」

 そう言って自信満々に去っていった。

 絶対堺先輩に貰っただろその本。

 目で紀美を追ってみる。

 若いフランス人の前に立つと紀美はフレアスカートの裾をそっと摘み優雅に腰を落とす。

 なるほど。

 フランス人っぽいではないか。

 その後、二つ三つ会話を交わして直ぐにこちらに戻ってきた。

「どうだ? さっぱり分からなかっただろう?」

「ううん。この路をまっすぐに歩いていけば修行出来そうなケーキ屋さんがあるらしいよ」

 通じたのか!?

 その本でコミュニケーションが確立したのか!

 にわかに信じがたい話だが、しばらく言われたとおりまっすぐに歩いていくと世界に通じそうなケーキ屋さんがあるではないか。

「本当にあった」

「少しは見直した?」

「ああ。心の底から紀美が居てくれて良かったと思えた」

「ん……」

 顔を赤くしてうつむく紀美。

「どうした?」

「な、何でもない! それより早く入るよ!」

 動揺した早紀に背中を押され店内に入る。

 店の外まで甘い香りが漂っていた。

 中にはいるとその香りだけでその技術が優れていることが伺える。

「いらっしゃい。何をお求めでしょうか?」

「えっと、このお店で修行させて頂きたいんですけど」

 あれ?

 日本語だ。

「やれやれ。またか。どうせ甘い物作ることが出来れば女の子にモテるとかそんな不純な動機でここにきたんだろ?」

「なっ」

 そんなんじゃない。

 俺の何が分かるっていうのさ!

 その言葉をぐっと飲み込み店長であろう男の目をキッと睨み付けた……。


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2007/07/04(水)