――負けたくない。
挑戦的な店長に対して俺のケーキに対する情熱が激しく抵抗した。
「ふーん。言いたいことがあるみたいだけれど。君が本気で修行をしたいと思っているなら女と一緒にここに来ること自体間違っていると思わないかい?」
心の中で怒りがあふれ出しそうになるのを巧みに押さえた。
そして、ふと何故これだけ女に執着するのかという疑問がよぎった。
もしかして。
「ケーキを作れれば女の子にもてると思っていたけれど現実とは違った。それなのに私が彼と一緒に居るのが許せないの?」
おおっと。
言っちゃったよこの子。
俺が何のために怒りを耐えていたと思っているのさ。
「その通りだ! ケーキを作り始めたのも。今現在ケーキを作っているのも女の子にモテたい一心でやっているんだ。それなのに……」
世界に通じるケーキ作っている人の情熱ってこれ!?
そんな不純な動機で世界に通じちゃうのか。
いや、しかし。
世界中の人に愛されるケーキであるためには多くの女の子に愛される必要がある。
ならば、この人のケーキは世界中の女の子に愛される為、色々な物が詰まっているに違いない。
そしてこの人の技術は間違いなく俺の欲するものなんだ。
「そんなわけで男は大嫌いだ。もし君が本気で修行したいなら。その子を俺に……」
言い終わる前に店長は沈んだ。
突如現れた恰幅の良い女にはり倒されたのだ。
「何ふざけたこといってるのさ! 誰のおかげで飯が食えているの思っているの?」
誰!?
「ごめんママ……」
「ママ!?」
「いつまで経っても子供なんだから。あんたたち修行に来たんだろ? 家の馬鹿息子に構っていないでついておいで」
どうやらこの男が世界に通じるケーキ職人ではないらしい。
全てが一変して哀れにしか思えない。
「哀れね」
「だから、感じたこと思ったこと直球で相手に聞こえるように言うの止めようよ!」
「何かにしがみついて生きていこうとする男は嫌いだよ?」
「別に紀美の男の趣味なんか聞いてないから」
ほらこの人泣いちゃったし。
紀美が怒るのも無理ないけどさ。
「いつまでそこでぼーっと突っ立っているつもり? そんな馬鹿息子に一秒二秒の同情を与える暇があったら努力しなさい」
凄いお母さんだ。
いや、これも愛なのかも知れない。
自分の息子に立派になって欲しい一心で心を鬼にしているに違いない。
俺は自分にそう言い聞かせてお母さんにしたがって店の奥へと向かうことにした。
「それじゃあ、手始めにあなたの力を見せて貰おうかしら」
白衣と帽子を渡された。
なるほど。
俺の力作を評価してそれに見合った修行をさせてくれるんだな。
「今、この時間から3日間あなたにこのお店の全てを任せる事にする。その間私は一切口を出したりしないから思う存分やってちょうだい」
「え?」
「二度も同じ事言ったりしないからね? そうそう。お店の評判落としたりしたら承知しないからね?」
ちょっと。
いや、いくらなんでもそれはちょっと……。
「あら? 怖じ気づいちゃった?」
はい。
無理です。
「なめてもらっちゃこまります。早紀がこの程度の事出来ないわけないじゃないですか!」
「……やるわね。今までここに来た者の大半はここで尻尾を巻いて帰って行ったわ。口先だけじゃないことを期待させて貰うわよ」
ちょっと。
なに最後の逃げ道ふさいじゃってるの!?
「大丈夫。早紀ならこのぐらい簡単にできるよ」
いや、やれば出来る子だよ的な激励されても何もわき上がってくるものがないんだけど。
絶対無理だろこれ。
かくして俺は今から三日間世界に通じるケーキ屋になりきる事になった……。
2007/07/08(日)