二話
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 ――太田。

 ふむ。

 ふとった。

 ここで間違いはなさそうだ。

 名は体を表すとはよくいったものだ。

 我が輩は組織から命を受け、ターゲットを抹殺する為、送り込まれた。

 今は夜。

 我が輩にとって最も仕事をしやすい時間だ。

 だが、ターゲットに気づかれたら我が輩の命はない。その為、意識を研ぎ澄ませ、最新の注意を要する。

 門をくぐり足音を忍ばせ、身を闇に隠して庭へと回り込む。

 と、直ぐに見つかったではないか。

 ターゲットは、暗い部屋の部屋のベッドの上で体育座りをして小刻みに震えている。

 ははん。

 なかなかやるではないか。

 それはつまり、我が輩に感づき殺されるのを恐れているということなのだな。

 換気のためか少しだけ開かれている窓に近づきそっと耳を立てる。

「僕は、悪くないんだ……」

 往生際の悪い。

 きもめがね!

 貴様の悪行は、全て我が輩のこの目で見届けたのだ。

 今息の根を絶ち世の平和を取り戻してみせよう。

 我が輩の先祖から受け継いだ月夜に輝くこの自慢の爪で首を裂いてやる。

 勢いよく窓の隙間から飛び込んだ。

 しかし、我が輩はもう少し冷静になるべきだった。

 あろう事か物音を立ててしまったのだ。

「誰だ!?」

 言うが早い、きもめがねは自動小銃を取り、我が輩に向かってその引き金を引いたではないか。

 しかし、我が輩もきもめがねが自動小銃を構えた時点で、すぐさまきびすを返し追撃を逃れようと試みた。

 次の瞬間、耳が痛くなるような、けたたましい音と共に弾丸が発射される。

 そんな!

 我が国の学生はその様な物まで携帯しているというのか!?

 下らぬ事を考えている余裕はなさそうだ、我が輩の身体の直ぐ近くを弾丸が通って行くのが肌で感じられた。

 渾身の力を足に込め飛躍したすえに、我が輩は何とか奴のすみかから脱出することが出来た。

 死ぬかと思った。

 そう思い、安堵した次の瞬間一発の流れ弾が我が輩の背中に命中した。

 しまった!

 我が輩は負傷しつつ、その痛みに歯を食いしばるも、その場から少しでも距離を置くため必死に走った。

 この様なところでまだ、死ぬわけには行かぬのだ!

 しかも、かのような輩に殺されたとあっては、死んでも死にきれぬものではない!

 塀を跳び越え我が輩は走った。

 一度も休むことなく、アジトへと走ったのだ!



「おい新人。貴様何をやっているのだ?」

 敵の追撃をかわし、傷つき疲弊した我が輩の背後から知った声が冷えた声で問うた。

「あ、先輩! 我が輩初任務で命ぜられたターゲットの抹殺に失敗し、挙げ句の果て自動小銃にて負傷してしまいました……。その、我が輩はやはり処分されるのでしょうか?」

「……あ?」

 その冷たい一言は我が輩に「何をのたまうているのか! 潔く武士として腹を切らぬか!」と、いうことであろうか……。

 ぐっ。

 我が輩も男だ。

「分かりました。潔く腹を切ります。先輩、介錯頼みます!」

 先祖から受け継いだ自慢の爪を我が輩は振りかざし、勢いよく腹に向かって振り下ろした。

「アホかっ!」

 先輩は、そう言い放つと我が輩を思い切り蹴り飛ばした。

「……っ!? 先輩! 我が輩は負傷しているのでありますぞ!」

「負傷も何も今自ら命を絶とうとしていただろう! ……それに負傷って何処を撃たれたんだ?」

「背中の辺りです」

 どれ。

 そう言って先輩は我が輩の後ろに回り込むと背中をチェックし始めた。

「どうです? おびただしいほどの出血をしているでしょう」

「……いや。変わりにこんな物が見つかった」

 そう言って先輩は小さな黄色い玉を我が輩の鼻先に突きつけた。

「これはオモチャの玉だ」

「何ですと!?」

 至極冷静に考えてみれば、学生が自動小銃など携帯しているわけはないのだ。

 今日の我が輩はどうかしていたようだ。

「そしてお前、ターゲットを抹殺するとかのたまっていたが……」

「ええ。その通りであります。世のため人のため、我が輩はターゲットを闇に葬ると決めたのです!」

「おおばかもの。貴様に与えられた仕事は、ターゲットをいぢめから開放することだ」

「何ですと!? あ、しかし先輩。ターゲットを葬れば任務完了で……」

 任務完了では?

 言い終わる前に我が輩は先輩の鉄拳制裁を受けた。

「その様なことをしたら俺が貴様を切り裂くぞ! 貴様の失敗は俺の責任になるんだ。しっかりやって貰わないと困る」

「了解。その様なことにならぬよう我が輩の命を賭けて任務を完遂します!」

「健闘をいのるよ……」

 先輩はそれだけ言うとすぐさま姿を消してしまった。

 本当に今日の我が輩はどうかしていたのだ。

 こんな時はお気に入りの刑事ドラマを見て早く寝るに限る。

 そう決め込め、我が輩はテレビのスイッチを入れた……。


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20067/01/17(水)